「人生に絶望などない。最後は運」死んだ父親のことを想い出した

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私の父親は大正8年生まれ。

私は父が47の時の第1子である。

生きていれば100を越えるが71の時に四国金比羅様にお参りするため宿泊していた旅館で倒れ客死した。

当時私はアメリカにいて、弟は大学出て入った会社の研修で大阪から深夜帰宅したら現地から連絡があったそうだ。

母は私が5歳になる前、弟が2歳2ヶ月の時に病死している。

四国には弟と後の私の妻(離婚)が向かった。

アメリカから弟に、「死んで冷たくなったお父さんには会いたくない。現地で火葬してくれ」と今考えればとんでもないことを言った。

少ししたら弟から電話があり、「親戚が現地で火葬したら兄貴を殺すと言ってる」と連絡があった

当時自分もおかしかったのだろう。その時は渋々親戚の意見を受け入れた。

いつの間にか父親が死んでからの時間の方がだいぶ長くなってしまった。

今でも父のことはよく想い出す。

こういう場面で父ならどうしていただろうかとか。

父は子供たちに対して、おしゃべりな人ではあったが人生訓などを語る人ではなかった。

しかし父が話してくれたこと全てがわたしにとっての人生の教科書になっている

父の20代は戦争の従軍で6年を費やしたと聞いている

2度招集され2度とも中国の北支に行った。

1度目は千葉県の部隊で、2度目は全国の混成部隊だったので父の戦友は北海道の稚内から沖縄までと幅広かった

現地で命の危機を感じたのは2回あったそうだ。

父は生きて帰ってこれた理由として、「運が良かった」と言っていた。

これは父ばかりでなく戦友方々からも同様の話を何度も聞いている

「塹壕の中を何気なく数メートル動いたら、元いた場所で仲間が被弾して死んだ」とか。

 父に直接聞いたわけではないが20代の戦争体験を通じて「最後は運」ということを悟ったのではないか

きっと後の人生に大きな影響を与えたのではないかと感じている。

いくら頑張ってもうまくいかないことがある。

あるいはそんなに頑張ってなくても成果がでることもある。

最後は運だと思えるなら、絶望という言葉を人生で使うことはなくなるのではないか

最後は運と思えるなら、いつどこで反転するかわからない

今がどん底を思うなら運が反転するのを待てばいい。

絶望することはない

長生きしてれば必ずどこかで反転する。

もし人生が、頑張った人には頑張ったなりの成果、 頑張らない人にはそれなりの結果しかない人生だったら、世の中に素晴らしい映画も本も役者も存在しないだろう

だから人生は面白いのだと思える人間になろう

ただその運を引き寄せるための努力は必要です

 

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